ツアー、結婚、出産、そしてガールズグループHANAのプロデュース。公私ともに大きな転機を重ねながら、さらに存在感を増しているちゃんみな。現在、新アルバムを制作中の彼女に、その創作の現在地を聞いた。
前作『Nak*d』から約3年。出産とHANAのプロデュースを経た今、制作スタイルに変化はあったのだろうか。
「変わらないつもりでいても、やっぱり変わりました。HANAの存在が大きいですね。彼女たちの楽曲はすべて手がけているので、その分、自分のアルバムでは“ちゃんみならしさ”とは何かを、より強く意識するようになりました。今回の作品は、“ちゃんみなとはどういう人間なのか”を、より理解してもらえるものになると思います」
これまでコンスタントにアルバムを発表してきたが、今回はあえてリリース時期を定めず制作に向き合っているという。
「焦りたくなかったんです。ずっとHANAの制作に集中していたので、自分のアルバムと同時進行するのは難しかった。私にとって音楽は、私生活があってこそ生まれるもの。生活を犠牲にすると、音楽も作れなくなる。だからまずは、ちゃんと生活させてほしいとスタッフと話し合いました。そのおかげで、今は自分の気持ちにフィットした曲作りができています」
創作の源は、何気ない日常にある。娘と公園へ行き、家で遊び、共にお風呂に入り、眠る。朝は保育園へ送り出す。忙しい日々のなかでも、意識して“オフ”を作り、家族や友人と過ごす時間を大切にしている。韓国に住むパートナーとは距離があるが、両親の支えもあり、生活のリズムを守っているという。
10年目、そして新たなステージへ
2026年にはデビューシングル「未成年」から10年目を迎える。これは区切りなのか、それとも始まりなのか。
「ひとつの節目ではあります。10年目にやりたいことは以前から決めています。まだ発表はできませんが、形にしたいことがある。ツアーも続きますしね。ただ、23年から続いた『AREA OF DIAMOND(AOD)』シリーズは、2月の『AOD4』で一区切りになります。次は、ライブの自由度をもっと上げたい。音楽にルールはないし、ライブは私の“自由なエリア”。デジタル社会だからこそ、生で体験する価値を提示できるライブにしたいと思っています」
これまでの「THE PRINCESS PROJECT」から「AOD」へとツアー名が変わった背景には、彼女自身の意識の変化があった。
デビュー当初、さまざまなラベルを貼られ、「練馬のJKラッパー」と色物扱いされることもあった。名前がひらがなであることも含め、誤解や偏見を向けられることも少なくなかったという。
しかし大型フェスでの経験が転機となった。入場制限がかかるほどの観客が集まり、会場の最後方まで手のひらを掲げてくれた光景。その瞬間、「認められた」と実感した。ファンが堂々と「ちゃんみなが好き」と言えるタイミングが来たと確信し、「AOD」が始まった。
『ハレンチ』から『Nak*d』へと向かう時期、自信が芽生え、「好きなように表現していい」と思えるようになった。ステージ上でメイクを落としたのも、その象徴的な行為だ。
「“素敵”って“素に敵なし”だと思っているんです。本当の自分を出して嫌われるなら、それは仕方ない。取り繕うほうが自分じゃない。その頃から、より“変な人”になったかもしれない。でも、それが本来の私なんです」
「違和感」から生まれる音楽
現在の創作で大切にしているのは、“ギャグセン”の高さだという。
「ジャケットも一歩間違えたらギャグ。でもアートと交差した瞬間に、爆発的なクリエイティブが生まれる。その紙一重を攻めたい。面白さにもいろいろありますが、人を傷つけるものではなく、ハッピーになれる面白さとアートを融合させたい。ライブで会場が一斉に沸く瞬間を共有したいんです」
原動力は「違和感」。ガールズグループオーディション『No No Girls』以降、「先生」や「様」と呼ばれることが増えた。しかし本人は、崇められる立場に違和感を覚えた。
「私はまだそんな存在じゃない。美化されすぎている気がして。その違和感から、かなり生々しい表現が生まれそうです。もしかしたら、今はもう一度“素”を見せる段階なのかもしれません」
出産後、「母」という存在への過度な理想化にも思うところがあるという。
「母は本当に偉大。でも“母”という言葉がプレッシャーになることもある。『私』ではなく『お母さん』でなければいけない、と縛られる瞬間がある。でも私は、ちゃんと“私”でもありたい」
それでも音楽の本質は変わらない。彼女にとって楽曲は日記のようなもの。創作はタトゥーを刻む感覚に近いという。
「クリエイションは命綱。これがなかったら、私は私でいられない。今は両親や娘、HANA、オーディションに参加した子たちへの“責任”もある。その重みが、作り続ける理由のひとつになっています」
終わりを見つめ、今を生きる
彼女は常に「終わり」を意識しているという。
「人はいつか死にます。死を意識することで、今やるべきことが見えてくる。死への恐怖はありません。むしろ、先に逝った人たちに会えると思うと、どこか穏やかな気持ちになります」
だからこそ、見たい景色を優先する。エジプトを訪れ、次は最北端の街を目指したいという。余命は誰にもわからない。だから毎日ベストを尽くす。
5年後、10年後も音楽は続けているだろう。ただ、音楽だけの人間にはなりたくない、とも語る。生活者として地に足をつけること。ほかのアーティストを支えること。HANAが自立した後も、息苦しさを抱えるクリエイターに手を差し伸べられる存在でありたい。
大きな変化のなかで、なお問い続ける。
“ちゃんみなとは何者か”。
その答えはきっと、次のアルバムのなかにある。