大きな 古 時計 歌詞

大きな 古 時計 歌詞

おおきな のっぽの ふるどけい
おじいさんの とけい
ひゃくねん いつも うごいていた
ごじまんの とけいさ
おじいさんの うまれた あさに
かってきた とけいさ

いまは もう うごかない その とけい
ひゃくねんやすまずに
チクタクチクタク
おじいさんといっしょに
チクタクチクタク
いまは もう うごかない
その とけい

なんでも しってる ふるどけい
おじいさんの とけい
きれいな はなよめ やってきた
そのひも うごいてた
うれしい ことも かなしい ことも
みな しってる とけいさ

いまは もう うごかない その とけい
ひゃくねんやすまずに
チクタクチクタク
おじいさんといっしょに
チクタクチクタク
いまは もう うごかない
その とけい

まよなかに ベルが なった
おじいさんの とけい
おわかれの ときが きたのを
みなに おしえたのさ
てんごくへ のぼる おじいさん
とけいとも おわかれ

いまは もう うごかない その とけい
ひゃくねんやすまずに
チクタクチクタク
おじいさんといっしょに
チクタクチクタク
いまは もう うごかない
その とけい

この歌詞は、一脚の時計を狂言回しとして、一人の人間の生涯を鮮やかに、そして静謐に描き出した**「時間と生命の完全なる同期」**の物語です。

これまでの楽曲が「現在」の葛藤や再生を描いていたのに対し、この歌は「百年」という巨大な時間軸の終焉と、その後に残る「沈黙」の重みを私たちに突きつけます。


楽曲分析:共鳴する鼓動と終焉の美学——「大きな古時計」が刻んだ百年の軌跡

1. 生命の同期(シンクロニシティ):誕生と購入の重なり

物語の始まりは、おじいさんが生まれた朝に時計が買われたという設定にあります。これは、時計という機械が単なる家財道具ではなく、おじいさんの**「外部化された心臓」**としてこの世に産み落とされたことを意味します。

「百年休まずにチクタク」というリフレインは、単なる機械の正確さの誇示ではありません。それはおじいさんの脈拍そのものであり、二つの生命が目に見えない糸で結ばれ、同じリズムで世界を刻んできたという「運命共同体」の証明なのです。

2. 「すべてを知っている」という無言の証人

中盤では、時計が家庭の歴史の「観測者」であったことが語られます。

  • きれいな花嫁がやってきた喜び
  • 嬉しいことも、悲しいことも

時計は感情を持ちませんが、その針は常に喜びの瞬間にも悲劇の夜にも寄り添ってきました。言葉を持たない「古時計」がすべてを知っているという描写は、私たちが過ぎ去った時間を振り返る際、記憶は常に「その時、そこにいた物」に宿るという、物質と記憶の密接な関係を象徴しています。

3. 終焉の予兆:真夜中のベルと魂の解放

クライマックスは、おじいさんの死を時計が自ら告げるシーンです。

まよなかに ベルが なった おじいさんの とけい おわかれの ときが きたのを みなに おしえたのさ

本来、時計は設定された時間にしか鳴りません。しかし、この瞬間、時計は物理法則を超えて「自らの意志」で最後の使命を果たします。おじいさんの魂が天国へ昇るのと同時に、その鼓動(チクタク)を止める。これは、所有者と道具という主従関係を超えた、「魂の友」としての究極の殉職と言えるでしょう。

4. 「沈黙」が語る物語の完成

結末で繰り返される「今はもう動かない」というフレーズは、以前の曲のような「停滞」や「絶望」を意味しません。これは、完璧にやり遂げた者だけが許される**「聖なる静止」**です。

音が消えた後の部屋に残る沈黙こそが、百年の重みを最も雄弁に語り、残された者たちに「生の意味」を再確認させる。時計が止まることで、おじいさんの物語は「完結した名作」として固定されるのです。


結論:形あるものの終焉と、形なき記憶の継承

「大きな古時計」は、私たちに「時間とは何か」を問いかけます。

時間はただ流れるものではなく、誰かと、あるいは何かと共に「刻む」ものである。チクタクという規則正しい音の裏側には、積み重なった愛と歴史が詰まっている。

動かなくなった時計を見上げる時、私たちはその「無音」の中に、かつて確かにそこに存在した百年の熱量を感じ取らずにはいられないのです。

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